カリー知子先生の【英語との出会い】
皆さん、こんにちは。
今回はアメリカ海外生活10年のカリー知子先生です。小学校のときに覚えた英語、そして大学での挫折、そしてそれを乗り越えたきっかけとは・・・。長文ですが、とても興味深いですね。先生、ありがとうございました。ではお楽しみください。
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こんにちは!カリー知子と申します。
幼少時代と学生時代合わせて10年近くをアメリカで過ごしました。私の人生において英語はとっても関わりのあるものですが、今日はその英語との出会いから話してみたいと思います。
私の英語との出会いはとっても自然なものでした。
父の仕事の関係で米国ニュージャージー州に小学校一年生の時に移り住んだのが始まりです。母親は英語の「え」の字も知らない子供に突然何もかも違った環境に適応できるのかと、引越して間もない頃は毎日のように英単語などを憶えさせようとしていたのを微かに覚えています。しかし母親の心配をよそに、私は学校初日からたくさんの友達を作り、それからは自然に英語を身に付けていきました。
その後小学校5年の2学期で帰国。日本の小学校に転校すると、アメリカと日本のシステムや教育方法の違いに愕然としながらも、中学から始まった英語の授業だけは自然に身に付けた英語力でほとんど苦労することなく受けることができました。
そのまま高校は帰国子女の多い英語科のある学校に進み、同じ境遇にいた人との出会いに学校生活の喜びを再び味わったのがこの頃だったように思います。英語科の授業は中学と比べとても高度だったため、焦って英語の勉強をし始めたのを覚えています。感覚で身に付けた英語を分解して考えることには非常に抵抗がありましたが、何とかアメリカで培った感覚と文法の勉強によって乗り切っていきました。
やはり楽しい幼少時代を過ごしたアメリカという国に戻ってみたいという気持ちが大きかったのか、高校卒業後はアメリカの大学に進学という道を選びました。しかし、ずっと自分の英語力を過信していた私はこの時自分の英語力に絶望したのでした。頭の中では組みたっている英語が口に出てこない。思えば、小学校から高校を卒業するまでは読み書きしかやってこなかったのです。
結局必死に勉強した甲斐あって学校の勉強には何とか付いていけるようになったのですが、どうしても英語を使って話すのに抵抗を感じてしまい、まわりのアメリカ人に馴染めない自分がいました。その頃は「英語力も大分付いてるはずなのに、どうしてうまくコミニュケーションが出来ないんだろう」と悩みました。その後アメリカで数年過ごし分かっていったことが、英語は人とコミニュケーションをはかる1つの「手段」であって、「目的」でないんだ、ということでした。小学校5年生で日本に帰ってきてから日本の英語教育に触れるにつれ、英語を勉強の対象としてしか捉えられなくなり、伝えたいことよりも先に英語を完璧に話すことしか考えられなくなっていたのかもしれません。
それに気づいてからは英語を話すことに対して少なからず感じていた恐怖みたいなものが少しずつ消えていったように思います。完璧に英語を並べ立てるより、何をどう伝えたいのかを考えて、間違っても良いから伝えようとする。これを繰り返していくうちに次第に初めは間違っていた表現も、うまく伝えられるようになったりしていきました。
今はアメリカ人である夫とは何の支障もなくお互いの気持ちを伝え合うことが出来ています。的確な表現の仕方が分からなくても、気持ちがあればそこから学べるのです。
私はこうした経験を経て、英語は決して難しいものじゃないんだ、ということをたくさんの人に伝えたいと感じるようになりました。一番大切なのは「伝えたい」という気持ち。そして伝えたいものがあってこそ、初めて英語を一緒に勉強していけると感じています。「しっかり伝わる英語」を一緒にたのしく勉強していきましょう!
